November 04, 2009
図書館で面白い本を借りました:古川愛哲・著『江戸の歴史は隠れキリシタンによって作られた』講談社+α新書(ISBN978-4-06-272602-3)。
図書館の貸出カードを作って、自宅からインターネット経由で予約した本のうち、最初に利用可能になったので、昨日月曜に会社帰りに借りて来て、記念すべき帯出第一号となりました。
今日は、テニスに出掛けたり、普段なかなか行けないでいる美容院に行ったり、普段ご無沙汰している伯母の家(隣だけど…)に遊びに行ったりと、夜まで忙しく、なかなか借りて来た本も目を通せないでいたのですが、先ほど手に取ってパラパラとめくってみると、184頁に、
「…子安の地はいまは開発されて国際湘南村の一部になってしまったが(…)落人伝承のある長閑な眺めだった。近年まで路傍に子安観音やら子安地蔵が散在し、いかにも聖母マリアの聖地、隠れキリシタンの里のような雰囲気が残っていた」
とあるではないですか。
国際湘南村。
カトリックの洗礼を受けた後、図書館司書の資格を取り、大学院を中退して病院患者図書館の司書を考えていた頃、関連するシンポジウムが国際湘南村の会議場であったので、場違い覚悟で、初めて逗子駅に降り立ち、赴いたことがあったのですが、そこがキリシタンの里だったなんて…。
また、行ってみようかなぁ…。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
September 03, 2009

今週と来週の土曜日の夜9:00~翌朝10:00位まで、横須賀線・総武線快速が、新駅設置工事のため、運休するようです。
その新駅とは…
武蔵小杉。
良いなぁ~、まだ天王洲勤務だったら、絶対、利用したのに!
…こりゃ、また職場が引っ越す日も近いかな…
それはさておき。
再来週の日曜に開業なのかどうか分かりませんが、新しい駅に、また鉄の塊が出来そうです♪
| Permalink
|
| TrackBack (0)
April 23, 2009


某蝦夷地在住のグリ友\マイミクさんが贈って\送ってくれました〜♪
カワイイ、可愛い!
キタカはモモンガなのね〜(*^o^*)
(ムササビ?モマ?)
追記:不適切な(本文と無関係でフウゾクな)コメントをされた「小野」さんをコメント禁止&@niftyに通報させて戴きました。ご協力、ありがとうございます!(^-^)
| Permalink
|
| TrackBack (0)
October 12, 2008

今日は、東急池上線に乗って外出する用事がありました。
子供の頃は、幼稚園の年少組の夏まで雪ヶ谷大塚に住んでいましたし、昭和医大の眼科にはお世話になっていたので、引越し後もたまに乗ることのある電車でしたが、学校上がってからはさっぱり。
そうこうするうちに、大井町線で通勤するようになってから、旗の台駅の改築が始まり、昔ながらの白い木造の古い駅の面影はすっかり無くなってしまいました。
さて、久しぶりに池上線に乗ってみると、この路線、急行の運転はしていないのですが、見たことのない新型車両が入線して来た…っ!
その姿、私が「エヴァ弐号機」と呼んでいるオレンジ色の大井町線急行車両とまったくの色違いで、実に可愛いグリーンっ!!\(^o^)/
思わず「鉄子」心が萌え上がり、携帯でパチリ!
| Permalink
|
| TrackBack (0)
March 14, 2008



今日、まず、普段よりグッと遅い出勤時に二子玉川の鉄橋上の車庫に停まっているのを見て、
「おっ!!」
と思いました。この車庫は、実際に大井町線上を走る車両しか使わないからです。
しかし、急行運転開始は3月28日からの筈…。
…と、大井町線の入線を待っていると、先ほどの新型車両がスルスルと入線して停車。な、なんと、至近距離ってか、目の前、触ろうと思えば触れる距離に停まってるんですけど?
(*^_^*)
回送として発車していく勇姿共々カメラに収めました。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
January 03, 2008
スーパー(Longs Drugs, TARGET)に出かけて、洗剤や食糧だけ買うはずが…
やはり、文具には抗えません。
縦長のグリーンのは、MOLESKINタイプの手帳。
真四角なグリーンは、Franklin Plannerですが、日本では見ないワイヤー綴じの手帳。
大判のグリーンは、mead製によく似たプライベート・ブランドのノートみたいです。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
妹がたくさん料理をしたのですが、写真を公開することは許可が下りなかったので、二人で作ったおいなりさんだけ、おすそ分け。

| Permalink
|
| TrackBack (0)
December 25, 2007


空港バスです。
さすが、5・10日(ゴトビ)だけあって、一般道が渋滞しているので、途中、第三京浜を走るのだとか。
高校の時、向きが逆かも知れないけど(港北〜保土ヶ谷間だから)、よく通学に使ったわ〜?
追伸:
あら、もう首都高湾岸線に入って、東京走ってるわ!(13:00)
| Permalink
|
| TrackBack (0)
October 29, 2007



18時過ぎ。
秋の風情を味わいたくて再びやって来た東海道品川宿。
もう、とっぷりと日が暮れてしまって、真っ暗。いい写真が撮れなかったなぁ…。
久しぶりにやって来た図書館も、もう閉まってたし。
転んでもタダでは起きない受領・私は、図書館の敷地の由来など、写真に収めるのであつた…。
(何々、元土佐原藩薩摩家抱屋敷、となっ!? …おおお、何と言うゆかり…)
| Permalink
|
| TrackBack (0)
August 18, 2007

府中教会とミラノ外国宣教会です。
土曜夜は6時半まで高田馬場の予備校でジョニー一人芝居なので、四ッ谷のイグナチオの6時のミサにも間に合いません。
が、何かの時に府中なら土曜夜7時にミサがあることを知っていたので、新宿から京王線の準特急飛ばして(私が飛ばした訳じゃないけど…)、やって来ました。
小さいながらも、地元に根差した感じの、白い可愛らしい聖堂の教会でした。
さて、これから府中駅に出て夕食です!
| Permalink
|
| TrackBack (0)
June 30, 2007

午前中の答練が終わって、一日のいちばんの楽しみ、お昼ですぅ〜
駅の地下に行く予定でしたが、予備校寄りの場所に、入ったことないファミレスを見つけたので入ってみました。
「プレミアムカフェ」とか名前が見慣れたものとは違うので、チビっと戸惑いましたが(美味しいコーヒーなのかと思った…)、要するにドリンクバーのことなのね…(^_^;)
※ 本文の予備校とは、司法試験予備校のことですが、本文の内容とは関係のないトラックバックをしてきた3IP Address(早稲田塾、駿台予備学校、EGF化粧品)をアクセス禁止に登録し、ニフティに通報の上、トラックバックを削除いたしました。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
June 26, 2007



飯田橋で打ち上げがあって、帰り、原宿で降りた。
原宿の町は、好きでも嫌いでもない、どっちかと言うと苦手な町。
特に、駅前の竹下通は、あの短い距離を通り抜けるのが、昼だろうが夜だろうが、晴れだろうが雨だろうが、とってもストレス…。
あの通りは、電車が終わってしまえば、road to nowhere。ただの行き止まりの道。
一方、抜けた先の明治通の、この安堵感、解放感。
何処までも歩いて行けそうな気がする…
昼夜を問わず地下鉄工事中の為、交通整理の監督さんたちは、「急がず、気を付けてお通り下さ〜い」と、私ら通行人がこの雨で転んだりしないかまで、心配してくれる。
この道は、真っ直ぐ歩く限りは安全なのだ、良からぬ輩とどこか人目に触れない場所に逸れたりしない限り…
| Permalink
|
| TrackBack (0)
May 13, 2007


大隈講堂をちゃんと見るのは、現役の高3の時、早稲田の政経を受験して以来、○○年ぶりです…(^_^;)
| Permalink
|
| TrackBack (0)
May 07, 2007


いやぁ、もう6時だってのに、まだ明るい。
ホント、日が長くなりましたよねぇ〜
| Permalink
|
| TrackBack (0)
November 19, 2006
今、宮崎にいます。
田園都市線の宮崎台でも、その他類似の地名の場所でも、ありません、宮崎県の宮崎市です。
走っている電車は日豊本線だし、大分行きだったり、別府行きだったり、都城行きだったり、鹿児島中央行きだったりします。
走っているバスも、宮崎交通バスで、小林行きだったり、高鍋町行きだったり、宮崎神宮行きだったり、…
その他見当も付かない地名だったりします。
あいにく、夕べ到着時から雨ですが、横浜より暖かいですね?
通りには、もう宮崎の象徴と言わんばかりに、椰子?シュロ?の並木が続いていますし。
よくプロのスポーツのキャンプ場になったり、ひと頃は新婚旅行先に利用されたりしたのも、うなづけます。
写真をたくさん撮ったので、編集の上、後ほど投稿しますね。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
October 14, 2006
知財の分野では、あまりにも急速に法改正されるためか、いわゆる基本書と呼ばれるものの改訂が追いつかず、大変手薄な有様で、しかし、
改訂されないままでも需要はしっかりあるので、今度は法改正の反映されていない古い版のものでも品切れの状態で入手困難、
と言う基本書砂漠の状態が続いているのですが、その最たるものが吉藤幸朔先生の『特許法概説』でしょう。
どの本、どの予備校のレジュメにも、参考文献欄には「吉藤」と表示されているのに、ほとんど入手不可能な本なので、
学習者にしてみればストレス溜まりっぱなしです。
ひと頃は、紀伊國屋で有斐閣の「オンデマンド版」(内容は未改訂の第13版だが、デジタル的に増刷されたもの?)
を販売していたらしいのですが、それも今や品切れ。
Amazonとかの古本サイトは、数千円の原著を2万円とかでふっかけて売る人たちばかり。
業を煮やした私は、近所の市立図書館経由でリクエストもしてみたのですが、3人待ちの状態です。
が、(実はあまり、人には教えたくないのですが)誰にも帯出中でないものが一冊、放送大学付属図書館にあるのを発見。
Wセミナーの帰り、思い切って幕張まで赴き、借りて参りました。
実際に手に取ってみると、「これが、あの伝説の!?」と拍子抜けするようなペーパーバック(「オンデマンド版」だから?)なのですが、
予備校の講義を聞いていて「どこにそんなこと、書いてあるんだよ~」と感じていたことでも、ちゃんと書いてあるので、もう、感涙ものです。
なお、放送大学図書館の蔵書は、学部生は1ヶ月しか借りられない(延長は可能)ので、早く読むなり、コピー取るなりして、
再び幕張に赴かねば…。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
May 01, 2006
何とか、往復の旅程も定まり、切符の予約・購入も出来たので、この連休の間に、
生まれて初めて福岡の地に足を踏み入れることができそうです(母の出身が種子島なので、私が3歳の時、
鹿児島空港には降り立ったことがあるらしいのですが…)。
福岡に行って、5月4日(木)の10:00から15:00まで、浄水通教会で催される「すべての民の御母を囲む祈りの集い2006 ~マクシミリアン神父、シスターマリアしほを迎えて~
(マリアの家族宣教会)」(詳細は、「いつくしみセンター」のサイトを参照のこと)に参加して来たい、ついでに、
高知行きの時には果たせなかった(←主日早朝ミサのなくなっていた江ノ口教会のこと)朝ミサへの参加(今度は、司教座・大名町教会で、
7:00~)もかなえて来よう!、と思っているのですが…、
「浄水通」教会の、読み方が分からない…!
(^_^;)
…多分、地下鉄で七隈線に乗って「薬院大通」駅か「桜坂」駅で降りて、ミッションスクール目指して歩けば、何とか辿り着けそうですが、
道に迷って人に道を聞いたり、時間が無くてタクシーを利用することになったりした時に、行き先を、は、発音できない…
誰か、教えてください。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
February 23, 2006
任天堂相談役が70億寄付 京都大に新病棟建設(2月21日18時15分付共同通信)
ここのところ、暗いニュースばかりですが、久々に良い話を聞いたなぁ…、と思って、おすそ分け。
企業の重役が公共機関に寄付、と言うと、贈収賄か売名を連想しますが、これはそうじゃないみたいです。
アメリカには、企業経営者が私財を投げ打って、後進の教育の為に(後に世界的に名門となるような)大学を創立したり、
そういう大学には同窓生らからまた多額の寄付が集まったりしていますが、日本ではあまり聞きませんよね(慶応とか同志社とかは、
同窓生がいっぱい寄付してそうですけど)。ソフトバンクが大学作るらしいですけど、それは会社の戦略の一環なんじゃないですか。
私もいっぱい寄付できる位、稼いでみたいっ!…って、違うか。「やもめの2レプタ(レプトン銅貨2枚、1クァドランス)」
(マルコ12:41-44)ですよね。
…と言う訳で、「クリック募金」よろしく!(^_^;)
| Permalink
|
| TrackBack (0)
February 17, 2006
遺骨はジャンヌ・ ダルク?(2006年02月14日12時50分付共同通信)
ジャンヌ・ダルク「遺骨」は本物?半年かけ鑑定へ(2006年02月15日15時20分付読売新聞)
昨日(日付変わって既に一昨日)のTVでのニュース報道で知って、「へぇ~」と思ったのですが、鑑定の専門家でもないし、詳細は判りません。 (^_^;)
よっぽど、他のブロガーさんたち↓の方が情報収集が素早いですね:
ジャンヌ・ダルクの遺骨は本物?火刑後6世紀を経て鑑定へ
カトリック関連の遺物で真贋論争の続いているものは、ヴェロニカのハンカチやトリノの聖骸布(…なんと、ダ・ヴィンチによる偽造・でっち上げ説まである!)等々、多々ありますが、私自身は、本物であって欲しいけれど、何せ、昔のことなので、人の手で保存されているものが贋物であっても仕方ないかな、とは思います。
それより気になるのが、聖ジャンヌ・ダルクとなると、デリケートになってしまう(←私が)、イギリスとカトリックの距離。イギリスと言えば英国教会ですが、近年、公式な「主の祈り」の統一等、接近していたのに、これでまた何か冷え切ったりしたら嫌だな~。…ま、聖座が行うものではなく、フランスの医師や歴史家らが勝手に始める鑑定調査ですから、気にすることもないか…。
…って、クールなこと書いてますが、ザビエル展が日本で催された時には、しっかり、聖フランシスコ・ザビエル様の遺骨(…と言うか、歯)とブーツのショーケースに触って来ちゃいました!(ちょっぴりミーハーかも)
| Permalink
|
| TrackBack (0)
February 10, 2006
今日は、他にも発見したことがあるのです。
Googleのマップで、任意の住所をサテライト表示(衛星から見た写真表示)できることは、以前から知っていたのですが(ですから、タイムラグがあるとは言え、おいそれと気安く出かけられないような、例えば京都のような場所でも、様子をみることができるのですが)、そのズームの度合いが場所によって全然、違うことが分かったのです。
例えば、横浜周辺は、ズーム最大はできず、2番目まで、京都は3番目までで、妹のいるカリフォルニア州北部・ベイエリアは、なんと最大限ズーム可能で、もう、庭に出て手を振ってもらおうかと思ったほどです。
しかし、地球観測衛星のサイト
http://www.eoc.jaxa.jp/experience/kids/cont_02_1.html
によると、
「地球観測衛星は、地球を南北方向に、1秒間におよそ7kmという地上では考えられない速度で飛行します。
一周におよそ100分かかるため、地球の自転のえいきょうで、もどってきた時には、前の周とは別の場所を観測することになります。
一日で十数周まわり、何日か後には、また同じ時間に同じ場所を観測できる仕組みになっています。」
とのことですから、妹に手を振ってもらったところで、私がGoogle上で目撃できる確率は…(^_^;)
それにしても、科学技術の進歩って、凄いですね~(恐ろしくもあり…)
| Permalink
|
| TrackBack (0)
生協で注文していた東ティモールのコーヒーが届きました。
販売しているのは、「ATJ ㈱オルター・
トレード・ジャパン」と言う会社です。
東ティモールについては、阪神大震災後に神戸・鷹取で開かれたNiftyServe「大学院生フォーラム」のオフ会で知り合った、
当時院生だった兪[ふぁん]晃広さん(現在、改名されて浅川さんになり、
オーストラリアの研究者としてご活躍されているようです)の薫陶を受けて、その政治状況に関心を持つようになったのですが、
私事のあれやこれやで、しばらく忘れておりました。(^_^;)
が、あのスマトラ島沖大地震・津波の被害でアチェ州が注目された時に、インドネシアからの独立運動の絡みで、再び、
記憶の上層に一旦浮上したのでした。
そして、まーた、喉許を過ぎて忘れていた頃に、生協のカタログでコーヒーを見つけ思い出した、と言う訳です。
東ティモールは、皆さん、覚えてられるでしょうか、カトリック信者の多い国ですね。私、家では(今、
飲んでいるコーヒーがなくなったら)もう、この東ティモールコーヒーしか、飲まないことにします。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
January 21, 2006
横浜も、今朝は雪ですねぇ~。
この写真は、今朝10時頃撮った写真(玄関から隣家を臨む)です。
まだ、朝なので5㎝位なものですが、果たしてどれ位積もるのでしょうねぇ。
うちなんて、築30ン年なので、雪の重みで潰れないといいのですが…。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
January 02, 2006
ネットサーフィンをしていて、こんな話をみつけました:
ニューヨークの同時多発テロの翌日、現場で犠牲者の捜索に当たっていた建設作業員が、
世界貿易センタービルの倒壊した瓦礫の中から巨大な十字架(写真上)を発見した、と言うものです。
写真と記事は、コチラ
(政教分離の考え方から公的な記念に宗教色を持ち込むのに反対の立場の方のサイト)とコチラ
(どこの宗派か不明ですが、教会関係者のサイト;下から5分の2あたり)にあります。
これが「十字架」なのかどうか、も議論があります。懐疑的な立場からは、「これは瓦礫の落下で偶然、このような形になったもの」
と言い、「神の御業だ」と言う立場からは、「この十字架を見上げると、不思議な安らぎと慰めを感じる;神が確かにここにおられる、
と言う印だ」と言うのです。これに対して、懐疑的な立場からは、「捜索作業で疲労困憊していたから、慰めが欲しいと思う心がそのように
(ただの鉄骨をキリストの十字架に)見せるのだ」と主張しています。
私はこの「十字架」の写真を見て、まず、本で見てウロ覚えの(私自身は行ったことがない)
メジュゴリエ
(ボスニア・ヘルツェゴビナ)にあるクリュゼバツの丘の十字架
(写真下)やブルー・
クロスを思い出したのですが、よく見ると、あまり似てないですね~(NYのは鉄骨だし)。
多分、石の中に立つブルー・クロスの素朴なイメージと、クリュゼバツの十字架の大きさと礎石のコンクリート部分とが、
私の頭の中でミックスされて、そんな錯覚を起こしたのでしょう。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
December 15, 2005
さてさて、本日12月15日は、仕事の用事で、みなとみらい線「日本大通り」駅近くまで出向きました。
初めての下車駅で、どういうルートで行こうか、いろいろ駅すぱあとみたりして思案していたのですが、
うまい具合にJR横浜線の快速が来てくれて、移動はスムーズ。
仕事の用件自体は、あまり芳しくないんですが、まぁ、今後に繋げられるよう、出来るだけの手は打っておいた、と言うことで、
よしとしましょう。
で、さてと、あたりを見回してみると、どこか見たことのある風景。
ちょっと歩けば関内ですが、そうではなくて、ほれ、7月23日の
「産業遺産ウォーキング大会」で歩いた場所ではないですか、ここらあたりは。
つい、フラフラと、以前歩いた道を逆に辿って、「みなとみらい」まで歩いて帰りそうになりましたが、そこは理性が押し留め、常識的に、
関内から帰途に着きました。
(だって、「みなとみらい線」は高いも~ん)
| Permalink
|
| TrackBack (0)
November 11, 2005
妹をアメリカに送り出し、私の高知行きの日もだんだん近づいてまいりました~
楽しみだなぁ~、高知!
黒潮に載って来るお魚は美味しそうだし、飛行機のマイレージも貯まるし。
何しろ、生まれて初めての四国。
まさか、従姉のいる徳島の阿波踊り見物(←大阪から簡単に海を渡って行けるらしい)や、讃岐うどんツアー(うどん屋をはしごするバスツアーがある)よりも先に、土佐へ行くことになるとは、思っても見ませんでしたが。
行ったことがないところなので、不安も期待もひとしお。
食事をするにはどんな場所があるのか、交通の便はいいのか…。
また、旅の楽しみの一つには、主日のミサや聖体訪問に訪れる、その土地の聖堂と言うのもあるのです。
宿の近くには、中島町教会と言う素敵な教会があるらしいんですが、どうも、旅程とミサ時間が合いそうにない…。多分、ここは、宿の近所を散歩してついでに(…と言うのは、一緒に行く友人は信者ではないから、ですが)聖堂を訪問するだけに終わりそうです。
赤岡教会と言うのも、移動先の途中にあるらしいのですが、移動の途中で単独行動は取れないと思うので、ミサは、多分、江ノ口教会の早朝のミサかな。宿からタクシーで5分です。早起きすれば、何とかなるでしょう。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
今日、妹が帰って行きました。成田まで見送って来ましたが、もう、毎度ながら(妹は、ほぼ毎年、秋になると帰って来るので)、遠い~。夜の便なのに、お昼に家を出て、ちょうど良い位です。
見送りは仕方ないですが、自分ひとりの用事で飛行機に乗るとしたら、絶対、成田は利用しません。羽田か、関空です。(セントレアは使ったことないので、JR名古屋駅からのアクセスがよく判らないのですが…)
ひょっとすると、相模湾・湘南沖を埋め立てて新空港を作れば、えらく近いんじゃないか、なんて、考えてしまいました。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
November 08, 2005
いやぁ、もうすっかり「BlogPet俳句集」漬けの一夜でした。
こ、こんなことになろうとは…。(詳細は、October 29, 2005の記事参照)
しかし、これで、トン吉もすっかり、世間様の前で発言するようになったことですし、多少、ましな言葉を覚えさせないといけませんねぇ…。あんまり、「青葉台、青葉台」言わないように。(…あ、しまった、逆効果!)
トン吉、動詞群:「哲学する」「思索する」「思惟する」「思科する」「配慮する」「苦慮する」「判断する」「祈念する」「観想する」「巡礼する」、結びの名詞群:「聖夜」「祈願」「聖霊」「慈愛」「聖三位」を使って、俳句を詠んでごらん?
| Permalink
|
| TrackBack (0)
November 06, 2005
妹がテレビで紹介されていた回転寿司の店に興味を示し、ここ数年、その店の名前ばかり言うので、とうとう、今夜、行って来ました、
東急D線S駅、地上に出てすぐ隣の、「K鮮D名」。
行った時間が遅かったのか、店員さんの「○○、あと3皿でおしまいですよ~」「△△、もうすぐなくなります、お早めに~」
なんて掛け声が賑やか、と言うか、うるさいかも。
もう少し、ゆっくりじっくり種を選びたかったなぁ…。やはり、遅い時間だったので、スシネタも新鮮さを失っていたのでしょうか、
期待大で入った妹も、かなり期待はずれだったようです。
私はお勘定が気になって、お皿の種類ばかり気にしていたので、今度来ることがあったら、
お皿の上で下駄履いている高そうなネタにチャレンジしてみたいなぁ…、なんて考えながら食べていたのですが、また来ること、あるかなぁ…。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
October 28, 2005
今日は、広いアメリカと風邪と、バテてしまいます
そんな中、2
*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「トン吉」が書きました。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
October 24, 2005
昨日は試験で外出、今日は、まだ昨日の整理も済んでない、疲れも取れてない、風邪も治ってないのにも関わらず、「仕事を貰いに」
東京へ。
会合は昼前には終わったので、四谷に出て12:00からのおミサに出席。今日は、私の好きな「聖アントニオ・マリア・クラレ司教」
の祝日(…しかし、その昔には、私の堅信名「ラファエラ」の由来である「大天使ラファエル」様の祝日だったそうなんですが)なのですが、
このクラレチアン会の創立者は、イエズス会の教会では祝ってもらえなかったみたいです。
で、おミサの後、いつもなら、教会近くの「主婦の友会館」2Fのレストラン「クラブ・エフ」
のバイキング(950円)に行くところですが、ひと駅乗って、久々にお隣の赤坂見附の駅ビル「BelleBie赤坂」2Fの、大好きな
「ヴェトナム・アリス」でランチ(1,000円)を戴きました。ベトナム料理って、最高~!
もっとうちに近い南町田にも、「グランベリーモール」内に「ヴェトナム・アリス」の支店があるらしいので、今度、
行ってみたいと思っています。
食欲の出て来たことは、風邪が快方に向かっている証拠っ!?
| Permalink
|
| TrackBack (0)
August 02, 2005
うーん、全編通して観たにもかかわらず、ときどき、好きなシーンなど早送り・巻き戻しして見ちゃいます。なんて(なんで)こんなにこの小熊ちゃんはかわいいんでしょうねぇ~、困ってしまうよ。
あの丸っこい、ホントにヌイグルミみたいな愛らしいシェイプゆえ? 小熊の、世界を知らないがゆえの無邪気さのせい? 物事を知らないために次のリアクションに転じる前に見せる「?」という一瞬の表情が、母性本能をくすぐるから? 人怖じもしない好奇心の旺盛さが人懐こさに見えるから?
好奇心から時々、レッサーパンダの風太くん(写真右→)みたいに後ろ足立ちしますが、その姿もどこか人間の子みたいに見えるし。
日曜夜の『世界遺産 知床Ⅱ』を見るまでは、次のように考えていました。(ネタバレばっかり)
ジャン=ジャック・アノーが6年かけてこの『小熊物語』を撮ったとき、果たしてこの同じ一匹の小熊を追跡取材していたのかどうか知りませんが(冒頭と後半とで見比べてみると、小熊も成長して顔つきも変わっているし、同一の個体なのかどうか分からないけれど)、同一の個体なのだとすると、これは稀有な人生、いや熊の一生に違いない。
事故で母熊を失う熊は多く存在するかもしれないが、傷を舐めてやったことで赤の他人、いや他熊(親子ではないオスの熊)と固い絆を結んだこと、そのオス熊が、岩場での出来事で人間との対決を免れたこと(かつて自分の左肩を撃ったハンターを襲うのを止め、そのハンターが仲間の猟師の狙撃を阻止したこと)、それゆえに後半で再びひとりっきりになった小熊のピンチを救ったこと、お互い生き長らえることのできた熊同士、共に冬ごもりすることになったこと(実にアットホームなシーンですよね~、ここ…)、そういうことがたった一頭の小熊の身の上に起こるなんて、これは類いまれな熊ですよね。
そう、滅多にいない、奇跡的な危機脱出を果たして来たラッキーこの上ないこの小熊には、何か、後光が差しているに違いない!
しかし。『世界遺産 知床Ⅱ』です。かわいいです、日本のヒグマの子たちも。春が来て、冬眠の穴から初めて外界に出て、日差しがまぶしくて、お母さん熊に甘えて、兄弟たちとじゃれ合って、秋が来たら、よく脂の乗った秋鮭のご馳走をせっせせっせと頬張って…、別にこれと言って非凡なクマ生ではないかも知れないけど。「いのちの輝き」と言えばなんかキザですが、どの小熊くんも卓越してます!
神様、この小熊くんたちが私たちの目に愛らしく映るように、どうか、私たちひとりひとりが貴方の御目にも、この上なく愛らしく映りますように(信仰により、そうであると知ってはいますが)。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
July 23, 2005
5月頃、「日経産業新聞」の販促の一環でしたか、「産業遺産ウォーキング大会」という企画への案内があり、「日経産業新聞」
の試読と一緒に申し込んでおいたら、セミナーの方は申込多数ということで選に漏れましたが、ウォーキングの方はオッケー、
ということで参加証が届きました。
私の申し込んだのは、時間的にも交通費的にもいちばん安く上がりそうな横浜地区だけ
(時間的経費的にも許せば、他の地区のものも参加したかったんですけどね…)でしたので、当日の朝はお天気が悪く、
前の晩に夜更かしした関係で4時間睡眠と眠いのも手伝って、ちょっと憂鬱でしたが、これをドタキャンしちゃうともう後がないので、
暴風雨にも対応できそうな雨合羽(100円ショップで買ったもの)を着込んで、勇んで参加して来ました。
家を出てすぐ雨は止み、電車を待つ駅のホームで、もう蒸し蒸しと暑くなって来ちゃったので完全装備は解除。
みなとみらいに着いても天気は曇り空で、日焼け対策の帽子も要らなそう…。
(写真のお兄さんは、私の知らない、まったくの行きずりの人…(^_^;))
「産業遺産」については、こちら。「地図でさがす産業遺産」で
「神奈川県」→「横浜市」とさがすと、5件しか出てきませんが、このうち、「靴下博物館」(?)を除いた場所(+αたくさん)を見学
(
横浜市のサイトにも説明あり)。つまり…、
「ドッグヤードガーデン(旧横浜船渠第2号ドック)」
→「帆船日本丸
(旧横浜船渠第1号ドック)」(乗船せず)
→「汽車道」
(長い橋です;実は、ウォーキング大会の集合場所が分からず、交番で訊く為に、既に事前にここを渡っていたのでした~)
→(遠方より)「50トン・ジャイアントクレーン」
→
「赤レンガ倉庫」(入場せず;入るとアルコールの匂いで酔っ払うらしい…)
→「旧横浜港駅プラットホーム跡・旧横浜税関跡地」(休憩地点)


(←向こうに見えるのは、赤レンガ倉庫)
→(遠方より)「大桟橋・日本海員掖済会横浜大桟橋診療所」
→(遠方より)「神奈川県警察本部庁舎」(^_^;)
→「英一番館跡
(現シルク博物館角)」(碑のみ)
→「日米和親条約締結の地」(碑のみ。丸い方↓は地球儀になっている;これが私から妹を奪ったのね…)

→「横浜開港資料館」(入館せず)
→
「横浜税関・資料展示室」(入館して見学;入り口では巨大なカスタムくんがお出迎え、
ワシントン条約違反の動物や麻薬、拳銃等々、ご禁制の押収品の数々の展示に見応えがあり、いちばん興奮した場所!;
写真右→のカスタムくんは小さい方。更に内側に巨大なのがいる;なお、成田空港他、税関のあるところ
カスタムくんあり。壁紙、スクリーンセーバー等のカスタムくんグッズは、こちらから)
→
「横浜開港記念館」(入館せず)
→「神奈川県立歴史博物館(旧横浜正金銀行本店)」
(入館して、ここで全員解散;なお、館内常設展・特別展の鑑賞には別途入場料必要)
を訪問、全長10kmの距離を歩き切りました。
写真も携帯で40枚以上撮りまくりました。上に7枚披露いたしましたが、これを全部載せて説明付けるとなると、
連載にしないといけないかも…。
(上のリンク先は、他人様のWebサイトです;季節等、まったく別物)
| Permalink
|
| TrackBack (0)
July 08, 2005
LONDON ATTACKS(BBC NEWS)
2004年3月11日、
朝のラッシュアワーのマドリッドを時間差で襲った列車爆破事件から1年と4ヶ月弱、今度は、サミットのために各国首脳が集まり、
2012年オリンピック開催を争って、列車テロ事件の為に嫌気されたマドリッドや最有力候補だったパリを破り、
オリンピック開催を勝ち取って祝祭ムードのロンドンで、やはり、午前9時前後という通勤ラッシュ時に、
地下鉄とダブルデッカーバスが爆破されました。 サミットの動向とオリンピック委員会の決定に世界中の多くの人が報道に注目する中、
皮肉的なテロとなりました。19:00現在(日本時間)、クラーク内相によれば、死者は52名、警察やマスコミでは37名と言うことですが、
まだまだ増えそうです。
英のテロ認識に誤算、警戒レベル引き下げていた…
英紙(読売新聞 - 7月8日13時46分)
どうも、イギリス当局は、マドリッドでのテロ以来、人権侵害すれすれの法改正を伴う様々なテロ対策強化と、実際に、
いくつかのテロを未然に防いだ、と言う自信とで、油断していたようです。
こんなことで2012年に安全にオリンピックを開催できるのでしょうか。
地下鉄への爆弾テロと言えば、1996年12月3日のパリ、日本人の負傷者も出したRER(パリ市内と近郊を結ぶ高速度鉄道網)
のPort-Royal駅での無差別爆弾テロ事件を思い出します。この路線は1988年夏、私自身、
語学研修への通学に毎日利用していた路線だったこともあって、日本にいながらも大変ショックを受けた事件でした。その点から言えば、
たとえオリンピックがパリに決まっていたとしても、決して安全面で万全とは言えなかった訳ですが。
爆弾ではありませんが、日本の地下鉄も1995年の地下鉄サリン事件で標的となっているとおり、
テロに対してあまりにも無防備であると言わざるを得ません。不審な置物・落し物を見つけたら即座に駅務員に知らせるようにしていますが、
駅の構内のゴミ箱を撤去した位では、いくらでも盲点が残っているような気がします。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
Futuristic
Dubai presents an architect's
paradise(14:00 AEST
Mon Jun 27 2005, REUTERS)
「未来派志向のドバイは建築家天国」--いやぁ、すっごいものを建てようとしてますね~。30年前には、
砂漠の際を流れるほんの小川に過ぎなかったこの町・ドバイ(UAE=アラブ首長国連邦;人口130万人)が今は建築ラッシュです。
この世界最高のタワーだけでなく、実物大のエッフェルタワー、バベルの塔、ギザのピラミッドも出来る予定だそうです。恐るべし、
オイルマネー!
今、現在ドバイに建っている
Emirates Towers Hotelはこんな感じのタワーで、これでも十分、摩天楼ですが…。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
June 23, 2005
日曜の朝ミサに出た帰り、二子玉川で途中下車しまして、ついでだからご近所の「瀬田教会」(※)まで歩いてみようと思い立ち、
道に迷いました。(^_^;)
歩きながら、自分でもはっきり「これは方向が違う」と気付いていたのですが、知らない住宅地を歩いているのに、どこか、
変に懐かしい面影があって(高島屋北西部の団地とか)、「もうひと区画歩いたら、方向を変えよう」と思いながらずんずん歩いてしまいました。
すると、可愛らしい散歩道が…。
「谷川緑道」(やがわりょくどう)と言う、Walking Alleeで、昔、「世田谷線の支線の市電が走っていた軌道跡」
(上のリンク先の説明では、かつての「農業用水路」が暗渠と化したものの跡だとのことですが…
、確かに看板で「支線跡」と読んだんだけどなぁ…)を遊歩道に整備したものだそうです。(写真は、道の中間付近にあった看板)
どうも、都会のあちこちに隠れるようにして、こんな感じのウォーキングコースが整備されているようです。
居心地がいいのか、道の真ん中に居座る猫くん。向こうに、隠れ家のようにして、
かわいい喫茶店が見えます。時期的にツツジ、アジサイの咲き乱れる場所や、座れるベンチの整備されている箇所もあり、
ずっといても良かったんですが…、何しろ、蚊が多い! 野外活動に関してまったく準備して来なかったのですから、
しょうがないですが。
この道は、ずっと、多摩川の方まで続いていましたが、私は、高島屋南方の、二子玉川駅方面に出る出口でリタイア。しかし、
思わぬ拾い物をした日曜午後でした。
※ なお、瀬田教会は翌週の日曜、環八と246の交差する「瀬田交差点」から攻撃しまして、みごと、到達いたしました。(…が、
聖堂の位置が分からなかった…。御聖体訪問したかったのですが…)
| Permalink
|
| TrackBack (0)
March 27, 2005
いやぁ、御復活ですねぇ〜。おめでとうございます。
まだ風邪が治り切ってなくて、おまけに花粉症がますますひどくて、いまだにパソコンの電源を入れていないんです。
ちょっとこれは、94年観測開始以来の、「自分のパソコンをいじらなかった日数」の記録になるかも知れません。
さて、御復活です。
ハリストス教会=ギリシャ正教では、まだのようですが、西方教会=カトリックとプロテスタントでは、今日(春分の日の直後の日曜日)が、御復活です。
この双方の食い違いは、(西欧世界がグレゴリオ暦を採用して以来の)暦の違いに基づくものだそうです。
バッスーラ・ライデンと言う昨今の預言者の本("True Life in God"『神のうちの真のいのち』)によると、主は御自分の神秘体である教会が一致し、同一の日付で復活を祝うことを望んでおられる、と言うことだそうですが、では、どちらの日付が正しいのかは、その本では教えてくれません(多分)。
ちなみに、この預言書(私的啓示)は、教会の正式に認めたものではありません。
(ただ、東西両教会の一致のために、両教会当局・高位聖職者らと精力的に対話を続け、祈りの集いを行っているようです)
そう言えば、「異なる日付」で思い出されるのが聖母の誕生日です。
現在、カトリック教会では、9月8日にお祝いしていますが、ボスニア・ヘルツェゴビナのメジュゴリエ村に御出現されたマリア様は、村の子供達に、本当の誕生日は8月6日(5日だったかな?)である、と告げたそうなのです。
これも、暦ゆえの食い違いなのかしらん?
こちらの御出現も、教会未公認ですが、御出現そのものが現在もまだ続いているため、真贋の鑑定をするにも、まだ調査ができないでいるようです。
私的な巡礼は認められており、パパ様(教皇ヨハネ・パウロ二世)の祝福についても、どこかの本で読んだことがあります。
もう一つ、誕生日と言えばクリスマスですが、こちらが主イエズス(日本のカトリック教会でも公式には「イエス」ですが、伝統的に「イエズス」と言う表記や呼称に慣れ親しんでいるのは、ラテン語からの音訳だからです)・キリストの本当の誕生日「ではない」ことは広く知られています。
が、本当の誕生日がいつなのか、については、「羊飼いらが野外で夜通し羊の番ができる季節だろう」ぐらいの話しか、聞いたことがありませんでした。
それが、最近、スカパーのディスカバリー・チャンネルの番組の中で、聖書に現れる東方の三博士についての記述の、占星術的な解読と天文学による天体の位置の割り出しとで、正確な日付を計算していたのです。
それによると、本当のクリスマスは、紀元前6年の4月17日だそうです。
となると、その半年前とされている洗礼者ヨハネの誕生日も、10月17日となり、全く夏至なんかじゃなくなりますし、「聖ヨハネ祭の夜」なんてロマンティックな響きもなくなるだろうし、抗鬱作用があると信じられているサプリメントの「セントジョーンズワート」(夏至の頃に花が咲くから、らしい)も名前を変えなくちゃいけなくなりますね。
さてさて、マリア様の本当の誕生日については、聖書の中にもヒントがなさそうなので、天文学的に計算してみせる、と言う訳にもいかないようです。
御復活のお祝いだけで、すぐ終ろうと思ったのが、長くなりました。
ま、何はともあれ、おめでとうございます!
| Permalink
|
| TrackBack (0)
February 21, 2005
アシュレ|AY YOLU 日記
※注:現在、この方のブログは、内容完全刷新の上、再開されており、私がトラックバックした記事は公開されておりません。
初めて、@niftyココログ以外のブログへトラックバックしてみます(祝!)
ここ数週間鑑賞したDVDの中に『天地創造 -in the Beginning...-』と言うのがあるんですが、その中でもいちばん好きなシーンがノアの箱舟のシーンでした。ノアの箱舟の遺物が、トルコ領内のアララト山(…でしたっけ?)の山頂に遺されている、と言う話をどこかで読んだことがあるんですが、それ以外にも、実はトルコと聖書中の出来事とは、深い関係があるんですね。
例えば、キリストの磔刑~復活以降、聖母と弟子たちはエルサレムの、最後の晩餐に使われた「高間」(Ceanaculum、ラテン語で「チェナクルム」ともイタリア語で「セナーコロ」とも音訳される)に集まり、一心となって祈っていて五旬祭(Pentecoste)の日曜に聖霊降臨を迎え、これが教会の始まりとされているのですが、その後、使徒ヨハネに引き取られた聖母マリアは共に、「小アジア」トルコのエフェソスに赴き、そこで後半生を過ごされたと言われています。
そのエフェソスでの聖母の暮らしの様子などを、近代の何人かの示現者(ヴィジョニスト)ら、例えば、ドイツのカテリナ・エンメリッヒ(エンメリックとの表記もあり)や、イタリアのマリア・ヴァルトルタ(ワルトルタとの表記もあり)が遺しており、特に、国際的な調査隊が組織され、一生ドイツを出ることのなかったエンメリッヒの示したヴィジョン通りに、エフェソスに「聖母の家」とされるレンガ造りの慎ましやかな家が発掘された(Web上では、例えば、こことかここで見ることができます)ことは、感動的なことでした。
ところで、私事ですが、先月だったか、カリフォルニア在住のうちの妹が「ケーブルテレビのドイツ語のチャンネルに、変な言葉の番組が映る」と言って来たことがきっかけになって、私と妹の間で、「トルコ語・プチブーム」が起こったことがありました。妹は、生の素材を使っての本物の語学修得に関心があるので、テレビを見ながら本物の表現を学べるのならそれに勝ることはない、と思ったのでしょう。(その後、勉強がどうなったか、聞いてませんが)
妹は、料理も好きなので、早速、このトルコ料理「アシュレ」の料理法のことも知らせてあげようっと。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
February 11, 2005
今日は、2月11日。
1858年にフランスの田舎町ルルドの近郊のマッサビエールの洞窟で、聖母が「無原罪のマリア」として羊飼いの少女・ベルナデッタに現れ、人々の救いの為にロザリオを唱えるべきこと、そして、そこから湧き出た泉の水によって病者が癒されることを示された日で、カトリック教会ではそのことを記念して、「世界病者の日」としてお祝いします。
この聖母出現は、教会当局によって正当なものと承認され、ルルドは世界的な巡礼地となっています。
ちなみに、おとといの2月9日は「今年の」「灰の水曜日」でした。「灰の水曜日」とは、春の御復活祭に向けて祈りと犠牲(断食など)で準備をするべき40日間(日曜日は除くので、御復活の46日前)を「四旬節」(英語ではLent、フランス語ではcare^me)と言い、その最初の水曜日は、頭から灰をかぶって、己の罪を悔い改める日、とされています(実際には、おでこにちょこっと棕櫚Palmの枝を燃やして作った灰を塗ってもらうだけですが;この灰は、前年の御復活祭の一週間前の日曜日「枝の主日」のミサの開始時に、「キリストのエルサレム入城」を市民らが棕櫚の枝を振ったり通り道に敷いたりして歓迎したと言う故事を再現するのに使った枝を再利用します)。御復活祭は、「春分の後の新月の直後の日曜日」とされている為、毎年日付の動く「移動祝祭日」の代表です。その為、「灰の水曜日」も毎年、日付が変わります。
なお、(南米を含む)ヨーロッパの文化圏では、断食(特に、肉食を断つこと)の勧められる「四旬節」の始まる前に、大ご馳走のパーティや乱痴気騒ぎを楽しんでおこうと「カーニバル」(謝肉祭)の風習の残る地域がありますし、フランスでは特に、「灰の水曜日」の前日を「Mardi Gras」(マルディ・グラ、肥え太った火曜日)と読んで、ご馳走を食べる日として楽しむ習慣がありますが、これらは、勿論、まったくカトリック教会の行事ではありません。
ところで、ハリウッド俳優イーサン・ホークが"Ash Wednesday"(灰の水曜日)と言う小説を書いているらしいのですが、私はまだ未確認です。(^_^;)
| Permalink
|
| TrackBack (0)
January 18, 2005
Mac miniなんかはどうでもよくて、昨日1月17日は、阪神大震災10周年でした。うちの父の80歳の誕生日でもありました。
父の誕生日と阪神大震災の日とが同じ日なんて、毎年いつも、複雑な気持ちです。
あの時、私は京都の下宿にいて、朝5時半に目が覚め、午後から神戸の大学院の演習で発表する予定だったレジュメに最後の手直し(
「泥縄」とも言います)をするべく、パソコン(当時は、Compaq Presario 433)に電源を入れた、その直後でした。
マッチ箱を狭い面を底面にして横に置いたような、細長いうなぎの寝床のようなマンションもかなり派手に揺れました。
なんだか泥縄の作業も嫌になっていた頃で、「こりゃ京都大震災だ、震度はどれ位だったんだろう?」とテレビを点けたら、
神戸が燃えていたのでした。「…どうやって、学校まで行こう…」。もう、学校どころの騒ぎじゃなかったですけどね。電車止まってたし、
いつも下車していたJR六甲道の駅はものの見事に潰れちゃってたし…。
それから阪神電車が青木まで復旧するまで、私の体は不思議と動き出しませんでした。震災の起こる10年位前には、
大阪の身体障害者の介護とか、釜ヶ崎の労働者の為の支援だとか、今で言うところの「学生ボランティア」に精を出していた私ですが、
目の前で京大生たちがボランティアに動き出していても、自分の在籍校が被災していると言うのに、
まるで何かに麻痺したように活動に参加することができないでいました。京都を捨てて神戸の大学院に進んだこと自体、自分には大バクチで、
神戸まで通学するのにかなりのテンションを必要としていたというのもあるのでしょう。震災で、まるで凧糸でも切れたみたいになってしまって、
腑抜けた日々を送っていました。
さらに、翌年の1996年1月20日頃、京都を10年に一度あるかないかの猛烈な寒波が襲いました。水道管も凍るほどでした。
うちのマンションも排水管が破裂してしまい、急遽、引越しを余儀なくされました。
引越しの荷造りで壁に並べた大きなスライド本棚を除けて見ると、コンクリートの壁に大きな亀裂が走っているのが壁紙の上から見えました。
それだから、震災は、テレビで聞かれるように「忘れる」だとか「忘れない」だとかの対象ではなく、
何かもっと私の奥深いところに突き刺さった「棘」のような出来事なのです。
しかし、そうは言っても、1月17日は父の誕生日。しかも、80と言う大台です。本人は嬉しくないかもしれませんが、
何かささやかなお祝いをしてあげたい、とかねて買っておいたDVD『親分はイエス様』
を鑑賞することにしました。「アーメンソーメン」嫌いな父ですが、配役は渡瀬恒彦あり、ガッツ石松あり、中村嘉葎雄ありの、
父の好きな俳優での豪華キャストです。これが何かの「やり直し」・生き直しのきっかけになったらいいな…、と思います。
(別に、これが連載【本日の福音】をサボってる理由じゃ、ないですよ)
| Permalink
| TrackBack (0)
January 16, 2005
ニュースを読んでのつぶやきです。
@nifty:NEWS@nifty:スリランカ武装勢力、津波被害に迅速救援…支配地ルポ(読売新聞)
先日、インドネシアのアチェで、人道支援中のNGOの活動地域の近くで発砲があった、と言うニュースが報じられたことがありました。そのとき、「人道支援を妨害する行為?」と憤りを感じ、調べてみたら、妨害などではなく、それどころか、この度のスマトラ沖地震による津波の被害を受けたインド洋沿岸の地域は、地震前から大変な紛争・内戦地帯だったことを知りました。
日本経済新聞の1面コラムにも、国際政治学者の猪口邦子氏が被災地における紛争について、記事を書いておられます。特に、インドネシア領内のアチェは、植民地時代のインドネシアがオランダから独立する際、独立を支援したアチェ王国であったのを、その恩も忘れてこれを併合してしまい、アチェで採れる天然ガスの利権ゆえにアチェの人々を大量虐殺していたと言う事実には衝撃を覚えました。(インドネシアと言う国の性格は、東チモール独立までの歴史を見ても明らかです)
大きな不正義が行われていたのに、国際社会からは天然資源に絡む利権ゆえに無視され続けていては、神様も一刻も早く御許に引き寄せ憩いと慰めを与えたい、と思われたかも知れません。
祈りも、募金も、人道支援も、そしてもっともっと報道も必要です。私たちは同じ時代を生きる兄弟たちについて、知る義務があります。
| Permalink
|
| TrackBack (0)
Recent Comments