January 08, 2007

主のご公現、おめでとうございます!

さてさて、昨日の日曜日(1/7)は、クリスマスの次の次の日曜日で、星(星占い)の導きだけを頼りに、別々の国から(連絡を取り合うこともなく)、ベツレヘムの町の馬小屋の飼い葉桶の中に眠る幼子イエスを礼拝しにやって来た、東方の三博士(三賢者)を記念する「主のご公現」(Epiphany)のミサがありました。

東方とは言いますが、北アフリカの方からやって来た博士もいたようで、言われているように必ずしも、ペルシアのゾロアスター教の祭司だった訳ではないようです。

この三人の博士は、青年の博士はメルヒオール、壮年の博士はバルタザール、老人の博士はカスパール、と言う名前だったと伝えられていますが、それぞれ、王様への贈り物にふさわしい「黄金」と、神に仕える祭司への贈り物にふさわしい「乳香(にゅうこう)」と、受難によって死に至る預言者への贈り物にふさわしい「没薬(もつやく)」を携えてやって来ていて、赤ん坊であるイエス様にお献げしたのでした。

…ところで、この三博士の名前、どこかで聴いたことありませんか? そう、「新世紀エヴァンゲリオン」のNerv(ネルフ)本部の地下に設置されている三台のスーパーコンピュータの名前ですよね。赤木律子博士のお母さんの「科学者として/女として/母親として」の心が籠められていたんでしたっけ?

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November 04, 2006

久しぶりに…

11月、死者の月に入りましたです…。

寒かったり、熱かったり、忙しかったり、…で、風邪です。
せっかくの初土なのに、チェナクルムもお休みです。(弁理士の予備校も)
こんな時でもないと、最近はまったく時間がなくて、ゆっくりとこの新しいGateway君を開くこともできません。

10月27日に最後に電源入れてメールチェックしてからの間に、何か起こったのか、 今日はまともにWindowsが起動しませんでした。
思い当たるのは、最後に電源入れた日近辺にインストールしたフランス語の「La Bible Online」。
これは、プログラム上に現れるフランス語の利用規約やらメニューやらメッセージやらも読めるように、システムの設定、いじったから、 もの凄く「ヤバイかも…」みたいな認識、濃厚。

いろいろセーフモードでエラーメッセージを読んでみましたが、どうも「NetBios」関係の不具合のよう。
だけどさー、単純にWindows起動することと、ネットワーク接続とは関係ないんじゃない?ってな気がしていたので、「もう、 最近のOSは~っ!」と納得いきません。
で、なんとなく、光通信のアダプタで「更新」ボタンなんぞ押してみたりしたら、ちゃんと起動できるようになりました。

ますます、納得いきません。

 

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October 29, 2006

MOT(マネジメント・オブ・テクノロジー)

10月28日~29日の週末の二日間、放送大学の面接授業「バイオビジネスにおけるMOT」(MOT=マネジメント・オブ・ テクノロジー)で、久しぶりに我が所属する放送大学・東京世田谷学習センターにまで、足を運んで参りました。

うーん、久しぶりの下馬キャンパス!

いつもいつも、中庭のテニスコートでは、誰かしらテニスしていて、いい感じです。

教務の受付前でテニスコートに見惚れ、「どうしたらここでテニスできるのか」教務に質問していた長身のお兄さんを、「フンフン、 君もテニス、するのかね?」、…とちょっと競争心煽られ気味のチロ目で見てしまいました。

そういう私も、昨年8月にプレイしたのが最後。
テニス、したいなぁ~。

…で、講義の中身の方はどうだったかって?
MOTに関しては、特に「メーカーでのR&D(研究開発)のマネジメント」と言う、 マネジメントの学問分野ではあまり進んでいない部分にいちばん、関心があったのですが、講師の方が農学部の教授出身で、 TLO運営に引っ張り出され、自分でも有限会社やらNPO立ち上げたと言うおもしろい先生でしたが、法律(知財)の専門家でも、 経営学の専門家でもないので、…う~ん、ま、こんなもんでしょう。

11月には、発明協会主催の「特許流通講座(実務編)」に出席するので、その時に、MOTは無理でも、私の知りたいこと(特に、 特許価値評価)を多少なりとも、解決してきます。

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February 16, 2006

あちこちに、RFID

今日(日付変わって、既に昨日)のテレビのニュースで、無線ICタグを使った仮想メーク実験について報道されていましたけれど、 その話も含めて、国内外でのRFID関連情報満載のサイトは、コチラ

 

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ユーロ紙幣よ、お前もか…

ところで、先に投稿した記事「【現代社会と霊性】2.ICチップで「守られる」時代」中で紹介した記事:
体内にチップを埋め込み、便利なキャッシュレス購入を2003年11月25日付 HOTWIRED JAPAN
の中で「キリスト教原理主義者の一部」として言及されているゲリー・ウォルシャイド氏の運営する『ジーズ・ラスト・デイズ・ミニストリーズ』というウェブサイトでは、

"Hitachi is rumored to be in talks with the European Central Bank about embedding radio tags into euro banknotes."
(日立は、ユーロ紙幣に無線発信チップを埋め込む件につき、欧州中央銀行と交渉に入っている、との噂だ)

とあったので、「…えっ、ホントに~!?」と調べてみたら、ありました(私って、ホント、ウラシマですねぇ…):

ユーロ紙幣が日立製ICチップを導入へ (2003年05月21日2時34分付 Slashdotスラッシュドット ジャパン)

偽造防止と言う名目のようですが。嫌だなぁ…。

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【現代社会と霊性】2.ICチップで「守られる」時代

米国初、体に埋め込んだICタグで従業員を認証2006年2月14日付 HOTWIRED JAPAN

またまた、いよいよ来たか…、と言う感じですね。
911以降、過熱しているセキュリティ技術の応用に関連したテーマを、お財布ケータイの登場の時に書こう、 書こうと考えていたのですが、またもや、その為の良い?機会が与えられたようです。
 
…え、何が、…かって? 勿論、「666」(黙示録13:16-18)の時代ですよ。
 
16また、小さな者にも大きな者にも、富める者にも貧しい者にも、自由な身分の者にも奴隷にも、 すべての者にその右手か額に刻印を押させた。17そこで、この刻印のある者でなければ、物を買うことも、 売ることもできないようになった。この刻印とはあの獣の名、あるいはその名の数字である。18ここに知恵が必要である。賢い人は、 獣の数字にどのような意味があるかを考えるがよい。数字は人間を指している。そして、数字は六百六十六である。(新共同訳)
 
黙示録をはじめ、聖書中の預言の内容は、書かれた時期に続く時代に実際に起きた出来事であると同時に、終末の時代、 主の再臨の前にも再び、実現する出来事であるとされています。
例えば、旧約聖書のヨエル書3:1-2(BC440年~400年頃)の
 
1その後
わたしはすべての人にわが霊を注ぐ。
あなたたちの息子や娘は預言し
老人は夢を見、若者は幻を見る。
2その日、わたしは
奴隷となっている男女にもわが霊を注ぐ。
 
と言う箇所は、現代の聖霊刷新運動(プロテスタントのペンテコステ派等では、「カリスマ刷新」等と呼ばれているそうですが) のことを指している、と言われていますし、同じく旧約聖書のダニエル書9:25-27(BC520年頃)の
 
25これを知り、目覚めよ。
エルサレム復興と再建についての
御言葉が出されてから
油注がれた君の到来まで
七週あり、また、六十二週あって
危機のうちに広場と堀は再建される。
26その六十二週のあと油注がれた者は
不当に断たれ
都と聖所は
次に来る指導者の民によって荒らされる。
その終わりには洪水があり、
終わりまで戦いが続き
荒廃は避けられない。
27彼は一週の間、多くの者と同盟を固め
半週でいけにえと献げ物を廃止する。
憎むべきものの翼の上に荒廃をもたらすものが座す。
そしてついに、定められた破滅が荒廃の上に注がれる。
 
と言う箇所も、ダニエルが書いた時代より後の、セレウコス朝シリアのアンティオコスⅣ世エピファネス(在位BC175年-BC163年) の時代に起きた、旧約聖書続編マカバイ記の出来事のことを預言していると同時に、 主の再臨前である終末の時代=現代に再び実現する出来事であるとされています。
 
アメリカのセキュリティ関連企業が、志願した従業員の前腕に「入室カード」 として機能する信号は発しないICタグを埋め込んだとのことで、自らもICチップを埋め込んだCEO(最高経営責任者)は、 ICチップの有無と雇用とは関係ない旨言明していますが、このようなことが一般的になれば、そのうち、(現に、 クレジットカードを持っていることは、その人の経済的信用を証明するものとされているように)「危険でない人物」「信用のある人物」 =ICタグを埋め込んだ者、と同義になり、ICチップのない者は恐くて採用できない、と言う企業も現れるでしょう。
 
ICチップの人体埋め込みは、今回の米国民間企業による従業員への適用事例以前にも、記事中に「メキシコ検事局では、2004年に、 いわゆるRFID(Radio Frequency IDentification: 無線通信による識別技術)チップを一部の職員の体内に埋め込み、立ち入り制限区域への人の出入りを管理している」 と紹介されているように、行われていますし、
 
(他、HOTWIRED上に関連記事多数)と言ったように、徐々に市民社会に浸透してきている様子が伺えます。
既に、EdyカードやSUICAでの買い物や電車乗車はごく日常的になっていますし(私自身も両方共、使っています)、 こういったことに慣れて行ってしまう自分も恐いです。
「~が起きたら、引き際」と思っていては遅いのかも…。「ぬるま湯の中のカエル」と同じでしょうかね。

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February 15, 2006

ども、ご心配いただいてます…

1月末に派手に転んで以来、各方面からご心配いただいてます~。

ctさん、MTさん、コメントありがとうございました。

表面から見える外傷も、そろそろ、薄くなってきた感じです。
外からは見えない痛み(特に、左半身)も、だいぶ良くなってきたか知らん。

ただ、ミサ中の聖変化(横浜教区では跪かないようですが、東京教区の小教区では跪くことが多いので;勿論、病人・怪我人・ご高齢の人等、 跪かなくても構わないのですが、私は跪く方が落ち着くので、怪我していても、膝台・膝枕が無くても、もう習慣的にドスンッ! と跪いてしまいます)の時がちょっと辛いのと、長いこと同じ姿勢で寝る日々が続いたので(別に寝たきりだった訳ではありません)、 変な風に体が凝ってしまって、そちらが気になる(^_^;)程度でしょうか。

階段を降りる時なども、一瞬、ちょっと「怖いな」と感じますが、気をつけて「一段飛ばし」などしています。(-_-;)

そういう身体面での傷は、まぁまぁ快方に向かっているのですが、HDDをパーにしてしまった心の傷の方が大きいかも…。
「しょうがない」と思う気持ちと、「転ぶ前に既に壊れていたのに!」と言う憤りとが、交互に襲います。あ~あ。

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February 10, 2006

「【試訳】ピオ神父のカテキズム」について

ココログで別に公開しているブログ「【試訳】ピオ神父のカテキズム」は、考えあって、今月いっぱいで閉鎖することにしました。

ながらくのご愛読、ありがとうございました。

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February 05, 2006

う~ん、これは痛い…

(森進●の声で)…ども~、皆さん、お久しぶりです…。先週の日曜(1月29日)に英検を受験してから、ネットの世界からは雲隠れしているラファエラ姉さんです。

いやぁ、参りました、英検。…じゃなくて、英検試験会場付近の舗道。私は1日で2回も転んでしまいました。

まず1回目。お昼(私は午前の準1級・午後の1級併願だったので)のおにぎりを近くのコンビニで調達しようと、試験会場を後にし、午前中の英検が終了し帰宅でごった返す歩道を歩いていると、この歩道、日陰側に1本(車道だったら1車線とでも呼ぶところだけど)しかない。で、以前の雪が解け残って凍ってカチコチに固まっていたりする。「人が多くて真っ直ぐ歩けないなぁ…」と、ちょっとイライラ。…と、
その瞬間、その凍った雪の上で、私の右足のブーツのかかとがスリップッ! 背中から派手にひっくり返りました。カバンの中には、1月末で保証期限を迎える修理用のハードディスクドライブも入っていて、その重みで余計、バランスを崩すことになったみたいです。
ふと右上を見上げると、私の顔のすぐ横を携帯で喋りながら通り過ぎていくお兄ちゃん。危ないなぁ、もう少しで私の顔、踏むところじゃないかぁ~。それにしても、途行く人、皆さん、無関心。転んだ私もちょっと恥ずかしかったので、それはそれで気持ち助かったのですが、それにしても冷たいなぁ~!

でも挫けずに、痛い脚をさすりながら、コンビニ探し。あたりは団地だらけで、店がない。「●ヶ丘ショッピングセンター」という表示のある場所に入り込むも、日曜のためか、酒屋しか開いていない。ん~、これから又試験だしぃ、昼間っからお酒じゃないよねぇ~(…そういう問題じゃないか)
「…お、お、お、何という町だ、まともに開いている店が一軒もないとは…」と驚き呆れながら「霧●丘ショッピングセンター」を後にすると、その内心の罵倒が呪いとなって祟ったのか、今度は、微妙に綺麗に彩色された下り階段の段差がよく見えずに、足を踏み外して、本日2回目の大転倒。今度は、前のめりにぶっ倒れました。これは効いた~。もう、午後の試験は諦めて、泣いてお家に帰ろうかと思いましたよ。

でも、カバンの中には、壊れてるハードディスクドライブ以外にも、聖ヨゼフさまの御像が入れてあって、そちらも心配だったので、コンビニおにぎりは諦めて、試験会場に戻り、御像と患部を確認。白い瀬戸物のヨゼフさまは無事。患部はというと…、うーん、右膝から出血。左手のひら~手首にかけて、夥しく内出血しており派手に青アザ(というか、紫だけど)。どことは判らないけれど、全身あちこちが痛い。

まぁ、何となく座って受験できそうな気がしたので、家から持参したおにぎり1個とウィダーインゼリーを食事にして、そのまま午後の試験会場へ。途中、在校生用のスナック自販機。何だ、こんなのがあったのね。これでもお腹の足しになったのに。
午後の試験、途中何度か、座っている臀部や腰、背中が強烈に痛み出して、思考どころじゃない瞬間もありましたが、無事だった右手で作文も必死になって書いて、何とか終えることが出来ました。

帰りは、1日がかりの英検を無事終えた高揚感で、何と、霧ヶ●から青●台までの1時間の道を歩いてしまいました。しかも、駅からの歩く距離の長い●沼教会のミサにも出席。この日は良かったんですよ、この日はね…。えーん。

※2006年2月6日23時現在、今も全身痛いです。時々、左胸が、真空になったように息苦しくなります。あばら、折れてるかも…(以前も、「あばらが折れてるかも」と勝手に思い込んで、整形外科に行ったら、帯状疱疹だったので、今度も違うかも)

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January 21, 2006

雪ですわ~

横浜も、今朝は雪ですねぇ~。

この写真は、今朝10時頃撮った写真(玄関から隣家を臨む)です。
まだ、朝なので5㎝位なものですが、果たしてどれ位積もるのでしょうねぇ。
うちなんて、築30ン年なので、雪の重みで潰れないといいのですが…。

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January 19, 2006

生協が届いた!

京都で1人暮らししていた頃は、大学生協やら、市民生協やら、はては、「使い捨て時代を考える会」の「安全農産供給センター」 の野菜の共同購入やらに加入していたのですが、親元に帰ってきてからは、母がそういうことに無頓着なので、さっぱりでした。

が、昨年末に、生協に、ギリギリ駆け込み入会しました。

うちの近所では、3種類の生協に入会可能なんですが、

1.出資金が安い
2.食品の安全にこだわりがある
3.カタログが、安全や料理の献立の点で、インフォマーティブ
4.(3.にも関連して)そこの食材を使って料理するのが楽しくなる

ような生協を選びました。(…でも、これは後で付け足りの選択基準かも…。だって…)まぁ…、しかし、決定的だったのは、 可愛い牛くんのマスコットキャラクターだったかも。(^_^;)

←入会日に、まず、マスコットのイラスト入り・ミニ調味料入れセットをもらいました。 (ぼやけてて見えにくいでしょうが、下記の理由*により、ご容赦)

そして、今年の第三木曜日である19日が、我が家ヘの初めての配達の日で、可愛いパッケージの牛乳が届きました。冬の間、 この牛乳パックの牛くんのイラストは、マフラーをしているのだそうです。(*写真を載せたいが、この牛くんキャラは、 生協が著作権を持っていて、キャラクターの管理をきっちりやっているらしいので、割愛)

この日は、他に、入会プレゼントの、豚肉セット(ロース薄切り、小間切れ肉、ポークウィンナー、ロースハム)も貰いました。 このロース薄切り肉については、今度、【夜の仕事人】に書きます。

入会8週間は、牛乳と、ウィンナーと、もめん豆腐と、お米が、通常の1割引になるそうです。

なお、あんまり個人情報の開示になってもいけないので、上に固有名詞等は出しませんでしたが、この生協に関して詳しくは、 コチラをご覧下さい。

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January 18, 2006

【夜の仕事人】今夜は不作…

風邪は治ったものの、作業が溜まりに溜まってしまっているので、何だか徹夜です。

特に、ブログの記事がたくさん、溜まってしまいました。Seesaaブログの方はいいのですが、cocologのこちらは、 1週間新しいエントリーがないと、トップページが白紙になると言う恐ろしい設定になっているので、何とか埋めてしまわないと… と言う強迫観念が私を苦しめます(^_^;)

夜遅くまで起きていると夜食が欲しくなりますし、またそろそろ、ここらで「夜の仕事人」シリーズ(…と、今、 勝手に命名した私のお料理パフォーマンス記録)も欲しいところでありますが、今夜は冷蔵庫を漁ってみたら、…な、何と、 14日までの餃子が出て来ました…。(私が買って来たのではありません)
(;_;)(T_T)(;_;)(T_T)(;_;)

…お腹壊さないといいけど…。

※…と言う訳で(?)、「カテゴリー」に「【夜の仕事人】」を追加しました~。左サイドバーのう~んと下の方の「カテゴリー」で 【夜の仕事人】をクリックすると、バックナンバーがまとめて表示されます~

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January 16, 2006

とってもXファイル

京都の友人がこの週末から東京に来ていたので、一緒にイグナチオのミサに出ることにして、地下鉄丸の内線の車内で、とってもシュールな話を聞きました。

あの、ロズウェル事件の際、墜落したUFOと思しきものに乗っていらしたらしい瀕死の方の為にカトリックの司祭が呼ばれ、かのお方に「終油の秘蹟」(今の、「病者の塗油」と言う、重病人の回復と最後の罪の赦しを祈る秘蹟に当たる)を授け、そのことで、その司祭がスペルマン枢機卿から叱責を受けたんだったか、はたまた、その秘蹟を授けた司祭がスペルマン枢機卿だったか、ちょっと忘れたんですが、とにかく、Little Green Manがその秘蹟を受けたらしい、と言うのが話のあらすじ。

で、ちょっと哲学的?な議論になりまして、
「この世に宇宙人というものがいるとしたら、それは被造物に間違いないね」
「で、次に問題となるのは、宇宙人が、犬猫のような動物なのか、秘蹟が有効な人間なのか、と言うことで」
「それって、霊魂の有無で決まるかな」
「動物って、霊魂ないの?」
「霊魂の有無って、どうやってわかるのかな」
「木のお医者さんは、樹木の気持ちがわかる、って言うで」
「ほれ、サボテンかて…」
「うん、うん」
「機械の気持ちが判る人もおるで」
「人間ってさぁ、何でも、自分に似せて意味を読み込む癖があるから、何の気持ちも判っちゃうんじゃないの?」
「点がいくつか描いてあったら、目鼻口に見える、とか」
「人の顔みたいなもんが描いてあったら、その顔に人格を読み込んでしまう…」
「たまごっちとか、世話してしまう人もおるな」
「そういうデジタルキャラや二次元キャラには、霊魂はないよね」
「二次元キャラ?」
「ほれ、サザエさん、とか…」
「ないやろ」
「でも、日本人なら、皆、サザエさんの性格は知ってる;サザエさんなら、こんなこと言いそう、だとか、カツオくんならこんな失敗しそう、とか…」
「だから、単なるキャラクターはアニマとは違う」
「キャラクターはペルソナ(=人格)とは違うよね」
「ペルソナの有無が霊魂の有無なのでは?」
「…で、宇宙人にはペルソナがあるんかいな?」
「…さぁ…」
「…当人(?)が救われたいと思っているかどうか、が、終油の秘蹟、あるいは、臨終の洗礼が有効かどうかの分かれ目なのでは」
「宇宙人は、救われたい、と思うのかな?」
「耳元で囁いて聞くのかな」
「(一人芝居)『あ、ちょっとちょっと、死にかかっていて大変な時に、失礼いたします、あ、声は出さないで、瞬きだけでいいですよ、あなた、主の御名によって救われたいですか?』」
「…そんなん聞かれても、うちの父親かて、『救われたい』とは答えんわ、と言うより、質問の意味が判らんと思うわ」
「本人が救われたい、と思ってないとかなぁ。うちの父親も、前、家族で外出した時、情宣カーが『神と和解しなさい』ってガナリ立てて通りがかって、それに向かって『神さんと喧嘩した覚え、ないわ』ゆーてたで」
「うちの父親だって、もうあちこち故障だらけやけど、体が治って欲しいとも思ってないわ、ただ、飲む薬が欲しい、と思ってるだけで(ライナスの毛布やね)。『救われる』の意味が判らんと思うわ」(発言者順不同)
ってな感じで。

皆さんは、どう思われます?(「判る訳、ないやろ~っ!」って、突っ込まれそ…)

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January 12, 2006

リンボって…

※ この記事は、Seesaaブログ「法令第1条!」 での2006年1月7日付け記事 「【児童関連法】母体保護法・優生保護法・国民優生法 第1条」に付した追記に加筆の上、再掲するものです。

日本で公表されているカトリックの教義ではちょっと不明なんですが、洗礼を受けずに亡くなった乳幼児の霊魂は「辺獄(Limbo)」 (天国と地獄の間にあって、地獄の苦しみはないが、神を見ることもない場所)に行くものと伝統的に考えられて来ました。 この概念について近時、 「辺獄(Limbo)」概念の見直しを迫る要請が国際神学委員会から出されたようです。 (ロイター発2005年11月29日付け記事による;…ちょっと、浦島でしたかね…)

したがって、教会の教義がどうなるか、今後、見守っていかなくてはならない訳ですが、堕胎された胎児は当然のこと、 自己の意思表示など到底できない乳幼児を、 善悪の判断ができる年齢に達していながら受洗しないでいる子供たちと同列に論ずることはできないと思います。

そして、何も言わず黙って殺された胎児は、いわば「血の洗礼」をくぐり抜けた「殉教者」です。それゆえ、12月28日の 「幼子殉教者の祝日」には、Seesaaでのブログ「法令第1条!」において、法令上の堕胎にも触れておかなければ、 と言う思いに駆られたのでした。

ボスニア・ヘルツェゴビナのメジュゴリエ村に出現された聖母のメッセージ( 『メジュゴリエの証言者たち』ドンボスコ社刊、所収の脚注参照のこと)によると、堕胎された胎児の霊魂は、 天国のマリア様の許でお世話されている、とのことです。

子どもとして当然に享けるべき愛情を与えられるどころか、自分の持ちうる全て(それも、たったひとつの生命と、 十分な発育を全く遂げていない小さな、小さな、小さな体)を献げ尽くし、自分を殺した両親(そしてそれに手を貸した医療関係者等) の改心と和解の為に祈り続けている小さな小さな堕胎児が、何の良い報いも受けないなんてことはあり得ないことです。

で、当然、「幼子殉教者」としての胎児は天国に入り、(煉獄での浄めを経由するにせよ、あるいは、大変な改心と完徳の努力によって、 聖人として死後直接、天国に入るにせよ)遅れてやって来ることのできた両親と相まみえることになります。両親は、自分たちの殺した子どもの、 えも言われぬ美しさを目の当たりにすることになるでしょう。その時、殺された子どもたちが、 その両親と涙のうちに抱き合うことができますように。

また、聖書の黙示録21章に描かれている「万物一新」の際には、この子達は、この世では得られなかった肉体、 それも特上のものが与えられるはずです。その辺りの事情のヒントとなることが、ある本に書かれていたのですが、それはまた、【読みかけ日記】 等のコーナーでご紹介することにします…。

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January 09, 2006

やっと、お正月

いつまでたっても、ここ「霊妙なる器」のデザイン(時計や、ブログペットのお部屋の背景)がクリスマスのままだったので、 怪訝に思われた方もおられることでしょう(…え、更新サボり常習犯のラファエラ姉さんらしい現象だから、疑問にも思わなかったって?)。が、 やっと、「お正月らしい」デザインに切り替わりましたよね。

…いやいや、これにはちゃんと、訳があったんですよ~。カトリックでは、「主の洗礼」(*)を迎えるまでは「降誕節」と言って、 約半月ばかり、クリスマスをお祝いしているのです。世間がクリスマスムードに包まれる12月1日~23日は「待降節」と言って、 祈りのうちに「主の降誕」を迎える「準備」をする時期なんですよねー。

* 例年、「主の公現」の主日の次の日曜、つまり、「主の降誕」の次の次の日曜だが、あまり「主の公現」が遅くなると、…つまりぃ、 1月1日~7日の1週間のあいだに「主の公現」が入らなかったりすると、「主の洗礼」の祝日は「主の公現」の翌日になったりする。今年は、 このパターン。

整理すると、

主の降誕(=12/25)
聖家族(原則、「主の降誕」と元旦に挟まれた日曜だが、「主の降誕」の次の日曜が元旦以降になる場合は、12/30)
神の母聖マリア(=元旦)
主の公現(元旦の次の日曜)
主の洗礼(?)

となっていて、日付で決まる祝祭日と、曜日で決まる祝祭日とが入り混じっているので、ややこしいことになるのですねぇ…。

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January 06, 2006

ペトロ神父様のブログ

「カトリックテレフォンサービス」等で有名な 「祈りの園」のペトロ神父様(カプチン会)が、たくさんブログを書いておられます。とにかく、たくさんあるので、 その玄関口になりそうなものをひとつ、ご紹介します:コチラ→「ハッピー人生 幸せのヒント」

ペトロ神父様は、昨年は肺炎で入院されたり、心配なことが続きましたが、今年はお元気でご活躍されますように。 明日の初土のチェナクルムでは、久々にお会いできるでしょうか?

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January 05, 2006

聖エリザベス・アン・シートン

夜には、高校の同窓会の新年会が予定されていたにもかかわらず、昨日は昼過ぎから風邪がひどくなっていって、朝 「ちょっと喉が痛いかなぁ」と感じた時には、「…いや、気合で何とかなる」と思っていたのに、「こりゃ出歩くと寝込むわい」と思われたので、 新年会の方には欠席メールを出して家で休んでいたところ、夜、メールで、ここ1年あまり入院していた友人のお母さんの容態が急変した、 との知らせが…。

そして、今日、亡くなられたことを知らされた。
亡くなられたのは、昨日だったというので、カトリック手帳の聖人暦を見ると、「聖エリザベス・アン・ シートン」(←リンク先は、女子パウロ会のサイト「Laudate」)。
…そっかぁ…、なかなか凄い聖人。修道院の創設者なんだね。
友人のお母さんが、聖エリザベス・アン・シートンの導きによって、天国の御母(=マリア様)にまみえ、 来る御公現の祝宴に列することができますように。

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January 04, 2006

うー、風邪か…

ありゃ〜、正月早々風邪ひいてしまったみたいです。
喉が痛くて、全身が今、バイキンと闘っているようで、だる〜 
マズイ、熱も出てきそう…

普段の更新怠慢を取り戻さん、ってな勢いで、連日頑張っちゃったからかしら…
(-_-;)

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January 02, 2006

奇跡の十字架?

ネットサーフィンをしていて、こんな話をみつけました:

ニューヨークの同時多発テロの翌日、現場で犠牲者の捜索に当たっていた建設作業員が、 世界貿易センタービルの倒壊した瓦礫の中から巨大な十字架(写真上)を発見した、と言うものです。

写真と記事は、コチラ (政教分離の考え方から公的な記念に宗教色を持ち込むのに反対の立場の方のサイト)とコチラ (どこの宗派か不明ですが、教会関係者のサイト;下から5分の2あたり)にあります。

これが「十字架」なのかどうか、も議論があります。懐疑的な立場からは、「これは瓦礫の落下で偶然、このような形になったもの」 と言い、「神の御業だ」と言う立場からは、「この十字架を見上げると、不思議な安らぎと慰めを感じる;神が確かにここにおられる、 と言う印だ」と言うのです。これに対して、懐疑的な立場からは、「捜索作業で疲労困憊していたから、慰めが欲しいと思う心がそのように (ただの鉄骨をキリストの十字架に)見せるのだ」と主張しています。

私はこの「十字架」の写真を見て、まず、本で見てウロ覚えの(私自身は行ったことがない)      メジュゴリエ      (ボスニア・ヘルツェゴビナ)にあるクリュゼバツの丘の十字架      (写真下)やブルー・       クロスを思い出したのですが、よく見ると、あまり似てないですね~(NYのは鉄骨だし)。

多分、石の中に立つブルー・クロスの素朴なイメージと、クリュゼバツの十字架の大きさと礎石のコンクリート部分とが、 私の頭の中でミックスされて、そんな錯覚を起こしたのでしょう。

 

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December 30, 2005

【本日の福音】ルカ2:22-40

いやぁ、久しぶりですねぇ~~、「本日の福音」。もう、半ば、「本年の」福音、に化しつつありますが。(^_^;)
多分、これが(バックデートでの投稿を除き←と言うのも、まだ未提出の宿題をこれからでも間に合わせる希望を捨てていないから、ですが…)本年最後の「本日の福音」になるでしょう。

さて、本日は「聖家族」の祝日です。例年、主の御降誕の次の主日にあたる移動祝祭日ですが、今年は御降誕が主日にあたり、年内にもう日曜がないので、本日祝うことになっています。

で、「聖家族」のミサで読まれる朗読箇所でいつも耳が痛いのが、第一朗読の「シラ書 3:2-6、12-14」の

「子よ、年老いた父親の面倒を見よ。
 生きている間、彼を悲しませてはならない。
 たとえ彼(=父親)の物覚えが鈍くなっても、思いやりの心を持て。
 自分が活力にあふれているからといって、彼を軽蔑してはならない。」

と言う箇所なんですが、幸い(?)今日はB年。第一朗読は「創世記 15:1-6、21:1-3」です。

…ですが、このコーナーで取り上げるのは福音だけなので、今日取り上げるのは、「ルカによる福音 2:22-40」です。(←リンク先は、例によって、全米カトリック司教協議会USCCB-NABの英文テキストですが、本日の箇所だけにリンクを貼ると、しばらくたつと該当ページが削除されてしまうので、ルカ書第2章全体にリンクを貼りました)

今日の朗読箇所は、第一朗読の「創世記 15:1-6、21:1-3」が長い(…ってほどでもないですが)せいか、朗読に長短2パターン用意されています。短いパターンでは、中ほどの老シメオンと女預言者アンナのくだりが省略されます。しかし、省略が多くとも、ミサの中で正式に朗読される福音なので、「立って聴いてるのが辛いんだけど、短くて良かった;神父様のお説教も短いといいな」…と思うのではなくて(^_^;)、ちょっとここで味わってみたいと思います。

あんまり短いので、(新共同訳の翻訳者の著作権を尊重して、いつも引用しないのですが)もう全部、引用してしまいたくなりますね。が、それは堪えて、要約してみると、律法に規定された産後の清めの時期を終えた聖家族が、律法の掟にあるごとく「初めて生まれた男子」を主に献げる為にエルサレムに上り神殿を詣でた話と、ナザレに戻って後の少年イエスの素晴らしい成長について記されています。

新共同訳では「初めて生まれる男子」となっていますが、上のUSCCB-NABでは、

「Every male that opens the womb shall be consecrated to the Lord」
胎(タイ)を開いた(=初めて子宮から出て来た)男子は皆、に献げられなければならない

と、より旧約での律法と直結した表現になっています。初子(ういご)の聖別と言えば、エジプトでの過ぎ越し(出エジプト記12:1-30)、(鴨居と入り口の二本の柱に塗った)過ぎ越しの羊の血によって主のものとして聖別されたすべての家の初子が「撃たれ」ずに助かった出来事を思い出しますしが、これを記念して、神様は「初めに胎を開くものはすべて、わたしのものである。…あなたの初子のうち、男の子はすべて贖(あがな)わねばならない。」 (出エジプト記34:19-20)、と律法の一部となさいました。神への奉献は、言わば、贖い(=滅びる定めの人間が、金を積んでも買い戻せないその命を、神の御業によって救われること)の印です。そして、この贖われた男子、神の為に聖別された者として、救い主イエスは成長していくのです。

ところで、ここで、お生まれになった救い主の「芽を摘み取」ろうと、ヘロデ王はベツレヘム周辺の2歳以下の男の子を全員殺させましたが、同じ年頃の男の子であるイエスが、この時期(産後の清めの時期は40日間です)、エルサレムの神殿なんてウロウロしていて大丈夫なんだろうか?…、なんてちょっと疑問が生じました。
が、よく考えてみれば、ベツレヘム周辺だけでも2歳以下の男の子は数え切れないほどいたはずで、初子の奉献の為に、ユダヤ全土からエルサレムの神殿に参詣して来る家族は、もう星の数ほどもあったから、ちょうど、お正月の明治神宮の境内みたいな雑踏になって、とても男子殺害なんてやってらんなかったのかも知れませんね。
…だけど、東方の三博士の話をよく聞いていれば、メシアのお生まれになったのが何月何日で、その40日後は神殿にやってくるはずだから、その前後3日間、「公安警察」(?)を張り付かせておくこともできたかも知れなかったのになぁ…、とも思ったりして…。
…ま、でも、神殿なんて神聖な場所で(人の)血を流すなんてことは到底、無理でしょうけどね。

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December 25, 2005

メリークリスマス!