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April 2005

April 30, 2005

携帯、変えました

いやあ、もう5月ですねー。 新年度も迎え、携帯のポイントも貯まったことですし、4月26日に機種変更して来ました。今度の奴は、FMラジオも聞けるし、テレビやビデオのリモコンにもなっちゃうのです。しかし、しかし、しか~し! メール・ウェブも定額で使い放題なPHS(EDGE)をプライベートに、パケット割(ミドル)を解約した携帯は仕事用に使うつもりなので、ついでに、携帯用メールアドレスも変更。友人らに、プライベートなメールはPHSの方に、の同報メールも送信。…あ、絵文字ファンの友達の為に、リモメアドレスも教えておかないとなぁ…。忙しい、忙しい。

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…さて、今度のにもカメラが付いてるし、これでもまたココログ投稿してみようかな、当分、忙しくてパソコン開けないし、…と思いきや、しかし、モブログに使うには、ココログでも設定変更しておかないと、使えないんだった!

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April 20, 2005

新しいパパ様!

New Pope日本時間の今日未明午前1時過ぎ、コンクラーベが終了し、約45分後には、ドイツ・ ミュンヒェンの大司教であられるラッツィンガー枢機卿が新しいパパ様に選ばれたとの発表がありました。 ペトロの後継者である第265代ローマ教皇の誕生です。

教皇の選挙権・被選挙権をもつのは80歳未満の枢機卿(カーディナルCardinal。ラテン語で「心臓」を意味するCor =医学用語では「Cardio-」という接頭辞で頻出=、あるいは、「要め・蝶番」を意味するCardoが語源で、教会の中枢・ 心臓部を表わし、心臓を現す赤い色の聖衣を纏う)で、枢機卿と言っても、日本人の白柳枢機卿様(東京大司教区)と、濱尾枢機卿様(横浜教区; 濱尾元侍従長の弟さんです)、それと、預言の真正性と言えば必ずコメントが登場する(^_^;)教理庁長官で、あの素晴らしい 『カトリック教会のカテキズム』の編纂委員長も勤められたラッツィンガー枢機卿様(ミュンヒェン大司教区、 元教理庁長官)のお三方くらいしか、お名前を存じ上げなかったので、知っている方が選出されて、本当にビックリ!
いろいろ揉めていた(?)秋田のマリア様の御出現についても、「秋田の真正性については、何も問題はありません」 (*)と太鼓判を押されたこともある方なので、好感をもっていた枢機卿でした。

* 実際、 問題となっている御出現を管轄する教区の司教がしかるべき慎重な調査を行って認定を下したものの真正性は覆るものではありませんが、 秋田を管轄する新潟教区の司教様の交代の際に、前の司教様の認めたものを覆すかのような、不透明な動き(?)があったようで、 一部に動揺が見られたらしい。

新しい教皇様の称号は「ベネディクト16世」。私のクリスチャンネーム「十字架のテレジア・ベネディクタ」 の一部と重なることもあって(聖エディット・シュタインは、修道名を決める際、はっきりと聖テレジアと聖ベネディクトを念頭に置いていた)、 ますます、嬉しいです。

さて、私情はさておき(^_^;)、しかし78歳というご高齢です。
亡きパパ様ヨハネ・パウロ2世の右腕として、第2バチカン公会議の精神に則った改革を引き続き遂行し、「教会の一致」 と世界の平和を推進されていくと言う責務を全うされるよう、衷心より、祈りでもってお支えしていきたいと思います。

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April 08, 2005

パパ様追悼ミサ

皆様、お久しぶりです、やっと昨日(2005年4月19日火曜)あたりから、薬なしでも熱が下がり、鼻水も治まり、 快方に向かっています。

さて、バックデートになりますが、4月8日金曜日、午前11時から東京都文京区関口の東京大司教区カテドラルの主聖堂・聖マリア大聖堂(椿山荘の向かい)で行われた「教皇ヨハネ・パウロ2世追悼ミサ」に行って来ました。 その詳細については、カトリック中央協議会の公式ホームページをどうぞ↓
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/news/index.htm

SuperVisionCar会場に着くと、既に来賓で聖堂の中の会衆席はいっぱいで、私たち一般の会衆は、聖堂外の広場でミサに与りました。中のミサの様子は、左のような車の車体の大きなスクリーン上に映し出されていました。 これはこれで、なんか、ヴァーチャル・ミサのような感じですが、しかし、建物の中と外と言う違いこそあれ、帰天されたパパ様を送ると言う同じ心(意向)で一致して、同じ場に集い、同時進行のミサに与っている訳ですから、価値に差はありません。
それにしても、駐車場の桜の見事なこと! 春の正午近いうららかな陽光の下、風の吹くたび、花びらがはらはらと静かに舞い、亡きパパ様の御国への旅立ちを祝福しているようです。
ミサは粛々と進行し、先の主日で今年はこれで歌い終めと諦めた私の最も好きな聖歌「復活の続唱」も、外の会衆と一緒に歌うことができました。
聖体拝領の時間になると、中の聖堂から神父様が出てきて下さり、外の会衆も拝領に与りました。


Small Chapel for Popeミサが終わると、献花になり、聖堂内の方々が済むと、ここでやっと中に入ることができました。それでも、まだ聖堂にいた方々の献花を待つ列が聖堂後方まで続いており、まだまだ待つことになりました。
聖堂後方、祭壇向かって右側の一角(大聖堂入り口に最も近い箇所)には、パパ様のための小さなチャペルのコーナーが設けられており、 天井から日の光が差し込み、慎ましやかな祈りの場になっていました。


追悼ミサ祭壇←大聖堂内、追悼ミサの祭壇方向です。
勿論、聖堂内では携帯電話の電源を切らなくてはなりません。が、ミサも終わり、人々は記念写真モードに入っています。中には、大きなハンディカムを持ち込んでいる人もいますね。
私も恐る恐る、カバンの中の携帯に、「電話」としてではなく「カメラ」として電源を入れ(勿論、マナーモードで)、撮影してみました。 とにかく大きな聖堂なので、携帯のカメラでは、祭壇上のパパ様の遺影までとても届いてませんね。大きなロウソクと、その左下に、パパ様の遺影がかすかに見えます。


献花の列献花の順番を待つ人々の列です。私の順番もなかなか、来そうにありません。
(^_^;) 私の前後の方々も、シビレを切らしたのか(?)、撮影する多彩なシャッター音がパシャパシャ聞こえてきました。あまりにも列が長いので、私まで献花用の花が残っているか心配でしたが、大丈夫でした。


ルルド無事、献花を終え、聖堂を出て、駐車場と信徒会館の間にある見事な「ルルド」に向かいました。なんと、フランスの、マリア様が現れた本物のマッサビルの洞窟と実物大なんだそうです。ミサが終わっても、多くの信者さん方が残り、マリア様にロザリオの祈りを捧げていました。

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ココログ不具合?

変ですねー、ココログのトップページが表示されません。うちだけでしょうか?

思い当たるのは、画像ファイルをアップロードするのに使ったダミー投稿を削除したこと。
この投稿でトップページが復活すればいいのですが…。

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April 05, 2005

パパ様、帰天

とうとう亡くなってしまわれました、パパ様。

カトリック信者は、教皇様のことを親しみをこめて、「パパ様」とお呼びしています。
私が生まれた当時の教皇は、第二バチカン公会議を召集されたヨハネ23世でしたから、それからパウロ6世、ヨハネ・パウロ1世、ヨハネ・パウロ2世、と代が代わられたことになりますが、私が洗礼を受けたのは1999年4月3日の復活徹夜祭ですので、 私にとってはたった一人のパパ様です。

1981年には来日もされ、四谷の上智大学や、広島の原爆ドーム等、訪問されたそうですが、当時、大学浪人中で、 成人式にも行かなかった私には、どこ吹く風でした。

が、洗礼を受けた途端、それが180度変わって、大変大きな存在となりました。
2000年には大聖年(The Great Jubilee)を宣言され、 数々の巡礼や免償(告解や真摯な痛悔によって既に赦されている罪に対する、有限の罰の免除;すなわち、 死後のお浄め=煉獄に行く時間が短くなるor乃至は、煉獄に寄り道せずにストレートに天国に行ける;この免償の功徳は、現在、 煉獄にあって浄化の苦しみにいる霊魂の為に譲ることもできる)には、パパ様への畏敬の念を持って、参加させていただきましたし、 パパ様の数々の著書:回勅や使徒的書簡には、大いに勇気付けられたものでした。

晩年、俳優マイケル・J・フォックスがドラマ『スピンシティ』を降板する原因となったのと同じ、 パーキンソン病という神経を侵される病に苦しみ、往年の闊達さを欠いた、おいたわしいお姿となりましたが、 最後まで世界平和の為に尽力された偉大な方でした。

私の洗礼名は、「十字架のテレジア・ベネディクタ」ですが、これはアウシュビッツのガス室に消えたカルメル会の修道女にして、 現象学を開いた哲学者エドモンド・フッサールの一番弟子:エディット・シュタインの修道名からいただいたものです。このエディット・ シュタインは、パパ様ヨハネ・パウロ2世聖下によって1998年10月、列聖されました。パパ様御自身、マスコミからの「好きな哲学者は?」 の質問に「エディット・シュタイン」とお答えになられることもあって、ご両人びいきの私としては、ことのほか嬉しくなったものでした。

来る教皇選挙(Conclave)で、どのような方が選出されることになるのかはわかりませんが、ヨハネ・ パウロ2世聖下の路線を引き継いでくださる方が聖座に就かれることをお祈りしています。

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